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限りある処分場(ごみ埋立ての歴史)

−残り少ない埋立空間ー  
東京のごみ埋立ての歴史は、江戸時代初期の明暦元年(1665年)の永代浦(現在の江東区富岡八幡宮周辺)にまでさかのぼることができます。明治時代中頃までは生ごみは肥料、紙・衣類等は再使用するリサイクルシステムがよく機能しており、ごみの処分先の問題は顕在化しませんでした。しかし、浚渫土や火災の後始末の土砂・がれきなどの処分先の確保、人口増加による土地造成の必要性は、当時すでに問題となっていました。  

明治時代中頃になると、東京に人口が増加しごみ量が増えたことにより、ごみの始末が伝染病など環境衛生上の大きな問題を招きました。そのため、ごみ処理が東京市の仕事として位置づけられ、海面埋立てに加え馬込、西台などの内陸埋立ても開始されました。昭和9年の資料(注1)に「・・・コレラ埋立処分方法ワ漸次行詰マリノ状態ニナリツツアルガ故ニ焼却場建設ノ急務ナルヲ認メ・・・」という箇所があり、増加する一方のごみに悩まされている様子が垣間見られます。この頃、現在の区部にあたるところには100余りの処分場(ごみ投棄場)があったという資料が残っています。なお、区内の内陸埋立ては、用地確保が不可能となったため、昭和30年代に終了しました。  
(注1)『東京市保健局概要』(1934)  
(処分場の移り変り)
昭和2年(1927年)からは、現在の江東区潮見になる8号地埋立が開始されました。当初は野ざらしにされたごみに火をつけて燃やしてから埋め立てる「野焼き」方式がとられていました。しかし、煙や粉じんへの苦情が相次いだため、昭和30年代(1955年)以降は行われなくなり、生ごみ等はそのまま埋め立てられるようになりました。  
   
昭和32年(1957年)には「夢の島」の愛称で知られる14号地の埋立てが始まります。ここでは、ハエやネズミが大量発生して社会問題となりました。14号地は埋立期間がわずか10年足らずでした。
 
昭和40年(1965年)からは、今やゴルフ場やキャンプ場として親しまれている若洲15号地でのごみの埋立てが始まりました。この時代には江東区民が、杉並区のごみの埋立処分場への搬入を実力阻止した「ごみ戦争」が起こっています。ごみの問題が緊急かつ重大であることが顕在化した時期といえます。  
(埋立処分場図面)
昭和48年(1973年)に中央防波堤内側埋立処分場の埋立てが始まりました。ここは東京港の中央防波堤内側の海域に位置することになるため、この名が付けられました。この頃から、以前とは比較にならないほど環境保全対策が求められるようになりました。浸出水(注 2)による海域への汚染防止のため、処分場周囲の護岸を本格的な遮水構造にするとともに、過去に例のない浸出水処理施設が設けられました。浸出水は集排水設備(ポンプ井、調整池等)を通じて排水処理場に集められ、下水排除基準内に処理されてから下水道へ放流され、下水道局砂町水処理センターで更に処理されてから東京湾に流されるようになりました。  
(注2)浸出水とは、埋立処分場に降った雨水が埋め立てられたごみ層を通り汚水と                                                                                         なって浸み出てきたもの。ごみに起因するCOD等の有機性汚濁物質を含んでいる。  
   
昭和52年(1977年)からは、中央防波堤の外側の海域に、現在も使用している中央防波堤外側埋立処分場の埋立てが始まります。この頃を境に、増加する一方のごみ量に対して埋立処分場の確保の難しさが 大きく認識されるようになりました。埋立量を減らし処分場を延命化することが都政の重要課題となり、清掃工場や粗大ごみ破砕処理施設などの中間処理施設の建設が急速に進められました。  
 
平成に入って外側埋立処分場の残余地がわずかになると、新海面処分場の時代となります。平成10年(1998年)に新海面処理場Aブロック、平成15年(2003年)にBブロックの埋立てが始まりました。東京港内には、この新海面処分場の次に処分場を設置できる水面はありません。つまり、新海面処分場が23区のごみの最後の埋立処分場となります。  
江戸の世から現在に至るまで、ごみ処理対策は常に発生した問題・課題に追われるように講じられてきました。ことに昭和の高度経済成長期以降は、大量生産→大量消費→大量廃棄といった社会構造となり、平成元年には23区のごみ量が490万トン、ピークに達するなど、埋立場所確保の問題はまさに後のないところまできてしまいました。
現在は、バブル崩壊による長期の景気低迷とリサイクル事業の進展などにより、23区のごみ排出量は減少していますが、最後の埋立処分場である新海面処分場をできる限り長く使用するためには、なお一層のごみの減量・リサイクル(3R)の推進が必要です。  
(空から見た中防)
今、この埋立処分場から皆さんにお願いするのは、ごみ減量のための3つのRです。  
(1)EDUCE(リデュース)・・・・・ごみを減らす  
買い物袋を利用してレジ袋は断る、過剰な包装は断る、不必要な買物ををしない、などごみになるようなものを減らすこと  
(2)EUSE(リユース)・・・・・繰り返し使う  
飲物は何度も使用できるリターナブル容器のものを選ぶ、買った品物は使い捨てにしないで長期間使用する、シャンプーや洗剤などは中身を詰替えられる商品を選ぶ、フリーマーケットを活用する、など使い終わったものを繰り返し使い、捨てないで使うこと  
(3)ECYCLE(リサイクル)・・・・・再び資源として利用する  
ごみは分別して資源化できるものは資源の日に出す、購入するときはリサイクル商品を選ぶ、など資源にできるものはごみにしないで再利用すること  
(中防とは・・・?)
今後みなさんの協力でごみ量を減らし、限りある埋立空間を大切にしていきましょう。  

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